いつかは愛犬たちが息を引き取る瞬間に、立ち会うときがくるかも…?と思っていたら、とうとうその日がやってきました。
愛犬の菊ちゃんに「もうすぐ16才やな、まだまだこれからも長生きしてな」と、いつものように話していたら、その日にお別れする日がやってきました。
夕方の5時半ごろにお風呂から上がって、愛犬たちがいつも通り扉の前で待っていたのですが、菊だけがほんの一瞬からだが左右に揺れるのを見ました。
「これは何かあるな」と思い、急いで母親を呼んで状況を説明していたら、今度は大きく菊のからだが揺れて倒れたので、急いで抱きかかえて病院にいく準備をしました。
ただ、このときはもう夕方の6時前……。
どこの病院も18時までということもあり、ギリギリになったこの時間帯に電話しても誰も出ない。
やっと夜7時まで開いている病院をみつけて電話をかけてみるも、ここも出ない。
「ふざけんなよ!7時までじゃないのか!」
ぐったりしていく菊のことを思うと、つい苛立ってしまいました。
どこの病院に電話しても出ない状況に、私の母親も「この辺りは、夜まで開いている病院がないから明日(土曜日)朝一で行くしかない。」という…。
菊の状態をみると、どう考えても明日までもたないのがわかる。
「今すぐ連れて行かんとダメ!じゃないと間に合わん!」
せめて出来る限りのことをしてやりたい。
いや、絶対に助けたい。
まったく動かなくなった菊に、ときおり声をかけながら「待ってろよ菊。必ず病院みつけて連れていくからな」というと、菊も目を閉じたまま「くぅーー」と小さな声で鳴いてくれました。
それからもずっと病院を探しつづけて、やっと夜9時~翌朝5時まで開いている「福岡夜間救急動物病院」を見つけました。
このときすでに菊が倒れてから4時間以上が経過。
もう夜の10時を過ぎていました。
それに当時、私が住んでいる場所から福岡の病院まで2時間の道のり。
それでも、母が「今から必ず行きますのでお願いします。」と伝え、急いで福岡に向かいました。
病院に向かっているときは、「あと少し、あと少し」と菊に語りかけ、何度も小さな声で「くぅーー」と応えてくれました。
病院に着くまでの2時間、このときほど長く感じた時間はありません。
ようやく病院に着いたときは深夜0時を過ぎていました。
急いで診察室までいき菊を先生に渡すと、ここでビックリすることが起きました。
ぐったりしてまったく動かなかった菊が、しっかりと目を開けて先生の腕の中で大暴れしました。
倒れてからピクリとも動かなかった菊が激しく暴れたので、このときは何が起きたのかわからなかったです。
ただ、処置室に運ばれて先生や看護士の方が色々準備しているのを見ていたら、なんとも言えない気持ちになり、その場にいることができず外へ出ました。
「頼む!助かってくれ」と…。
何度も願いながら自分の心を落ち着かせ戻ると、処置室で先生が懸命に心臓マッサージをしている姿がみえました。
しばらくして、先生に処置室に呼ばれ部屋にはいると、菊はベッドの上で静かに横になっていました。
「心肺蘇生を何度も試みましたが、一度も呼吸は戻りませんでした。」
「原因は子宮蓄膿症でした」と説明を受けました。
私は最後にどうしても先生に聞いておきたいことがありました。
それは、菊は倒れてから病院に来るまでピクリとも動かなかったのに、なぜ大暴れするほど動けたのか?…と。
すると先生は「あれが最後に振り絞った力だったんでしょうね」
その答に私と母は納得して頷きました。
本当に辛くて悲しくて長い夜でした。
先生の説明を受けたあと、看護士の方が菊の体を洗って綺麗にしていてくれたので、菊が静かにただ眠っているだけのように見えました。
支払いを済ませ病院を出るころには、もう深夜の2時過ぎ。
家に着いたときは朝の4時を過ぎていました。
菊が倒れて病院に着くまで、あんなに時間が長かったのに、終わってみたら本当にあっという間でした。
部屋にはいり菊がいつも使っていた布団に寝かせ、私たちはしばらくの間ずっと菊のからだを撫でていました。
そのあと、すこし仮眠を取ってから最後のお別れをしに、ペット霊園に連れていきました。
そして霊園で火葬してもらい、母と一緒に菊の遺骨を拾って骨壷にいれ、「さぁみんな待ってるから菊ちゃんお家に帰るよ」と言って一緒に帰りました。
菊は亡くなってしまいましたが、それでも今も私たち家族のところにいて、これから先も大切な家族です。